
先日、ふと思った。
法律というものは、人間が作っている。
当然そこには思想がある。
価値観がある。
政治的な立場もある。
場合によっては利害関係だってあるだろう。
だったら、
私情も感情も持たないAIに法律を作らせたら、もっと公平になるんじゃないか?
これはなかなか良いアイデアではないか。
AIなら権力欲もない。
賄賂もいらない。
選挙にも当選したくない。
支持率だって気にしない。
世界中の法律、判例、統計、経済データなどを分析して、
「これが最も合理的です」
と法律を作ってもらう。
完璧じゃないか。
人類、ついに公平な社会を手に入れる。
……と思ったところで、すぐに次の疑問が浮かんだ。
待てよ。
そのAI、誰が作ったんだ?
AIを作った人間が怪しい
AI「公平な法律を作りました」
人間「素晴らしい!」
AI「この法律が最適です」
人間「なるほど!」
……。
いや待て。
そのAIを作った企業や国家に都合のいい仕組みが、こっそり入っていないか?
AIの開発者が、
「これは公平です」
と言ったところで、本当に信用していいのだろうか。
では仕方がない。
第三者機関にAIを監査してもらおう。
これで安心だ。
専門家を集め、AIの仕組みやデータを調べてもらう。
監査機関「問題ありません。公平です」
よし。
…………。
待てよ。
その監査機関は信用できるのか?
無限監査編、開幕
監査機関だって人間である。
どこかから報酬を受け取っている。
誰かが責任者になっている。
思想もある。
利害関係がないとは限らない。
だったら、
監査機関を監査する機関が必要だ。
これで安心。
……なのだろうか。
その「監査機関を監査する機関」は誰が監査する?
仕方がない。
監査機関を監査する機関を監査する機関を作ろう。
だが、その機関が不正をしたら?
さらに監査する機関を――
もういい!!
いつ終わるんだ!!
無限監査編
AIを信用できない。
AIを作った人間も信用できない。
その人間を監視する人間も信用できない。
その監視する人間を監視する人間も信用できない。
人間どんだけ信用ないんだ!!
でも、よく考えたら社会はだいたいこれだった
笑っていたのだが、途中で気づいてしまった。
これ、AIだけの話ではない。
私たちの社会そのものではないか。
政治家が法律を作る。
でも政治家を完全には信用しない。
だから選挙がある。
行政が権力を使う。
でも行政を完全には信用しない。
だから司法がある。
裁判所だって間違えるかもしれない。
だから上級審がある。
企業だって信用しきれない。
だから監査がある。
行政だって信用しきれない。
だから情報公開制度がある。
権力を持った人間を信用しきれない。
だから立法・行政・司法に権力を分ける。
あれ?
もしかして文明というものは、
「人間は信用できない」
という前提で設計されているのではないか。
民主主義は、意外と人間不信でできている
民主主義という言葉には、なんとなく明るいイメージがある。
みんなで話し合おう。
みんなで決めよう。
国民の意思を政治に反映しよう。
もちろん、それも民主主義の大切な側面だ。
しかし仕組みだけを見ると、なかなか疑り深い。
一人に権力を集中させない。
長期間任せっぱなしにしない。
勝手なことをしていないか監視する。
法律に違反していないか別の組織が判断する。
定期的に選挙までやる。
つまり、
「この人なら絶対大丈夫!」
という制度ではない。
むしろ、
「どんな人間だって、権力を持ったら何をするか分からない」
という前提で作られている。
すごい。
人類、自分たちのことを全然信用していない。
「信用できる人を探す」ことを諦めた
しかし、ここが面白い。
これは人類が悲観的になったという話ではない。
むしろ一つの知恵なのだと思う。
昔なら、
「立派な王様が国を治めれば幸せになる」
と考えることができた。
でも問題がある。
その王様が本当に立派なのか分からない。
最初は立派でも、途中で変わるかもしれない。
そして次の王様が立派とは限らない。
だったら、
立派な人間を探すのをやめよう。
誰が権力を持っても、好き勝手できない仕組みにしてしまえばいい。
つまり、
「信用できる人間に任せる社会」から、「人間を信用しなくても動く社会」へ。
これはものすごい発想の転換だったのかもしれない。
ではAIなら信用できるのか
そこで最初の話に戻る。
人間が信用できないならAIに任せよう。
しかしAIも人間が作る。
AIが学習する情報も人間が作ったものだ。
さらに厄介なのが、
「公平とは何か」そのものを誰かが決めなければならない。
全員が同じ金額の税金を払うのが公平なのか。
収入に応じて同じ割合を払うのが公平なのか。
豊かな人ほど高い割合を負担するのが公平なのか。
どれにも理屈がある。
AIから感情を取り除けば「公平」が自動的に生まれるわけではない。
AIに、
「世界で最も公平な法律を作ってください」
と頼んでも、最後にはきっと聞かれる。
「ところで、人間の皆さん。公平って何ですか?」
結局こっちに戻ってくる。
AIと人間で監視し合えばいいのかもしれない
だったら、もうこうしよう。
人間がAIを監視する。
AIが人間を監視する。
別のAIがそのAIを監視する。
別の人間がその人間を監視する。
監査機関を監査する。
その監査結果をAIが分析する。
そのAIが怪しくないか人間が確認する。
そして、その人間が――
無限監査編、第二章開幕。
終わらない。
しかし考えてみると、
終わらないことこそ重要なのかもしれない。
「絶対に正しい誰か」を作らない
もし世界に、
「この人の判断は絶対に正しい」
という人がいたら便利だ。
その人に全部決めてもらえばいい。
AIでも同じだ。
「このAIは絶対に公平です」
と言えるなら、すべて任せればいい。
しかし、そんな存在が本当に間違えたらどうなるのか。
誰もチェックしていない。
誰も疑っていない。
誰も止められない。
それこそ危険である。
だったら、
誰も完全には信用しない。
人間も間違える。
AIも間違える。
政治家も間違える。
専門家も間違える。
監査する人だって間違える。
だから互いにチェックする。
間違えたら修正する。
その仕組みそのものを残しておく。
もしかすると、
「完全には信用しない」という態度こそ、社会を壊さないための仕組みなのかもしれない。
人間どんだけ信用ないんだ!!
AIを信用できないから監査する。
監査する人間も信用できないから、さらに監査する。
考え始めたときは、
「人間どんだけ信用ないんだ!!」
と笑っていた。
でも最後には少し見え方が変わった。
人類は長い歴史の中で、
「絶対に信用できる人間」
を見つけられなかった。
だから代わりに、
「信用できなくても成立する仕組み」
を作り始めた。
疑うことは、必ずしも悪いことではない。
監視することも、必ずしも敵意ではない。
「あなたを信用している。でも、チェックはします」
一見矛盾しているようで、
それこそが人間社会のたどり着いた現実的な答えなのかもしれない。
人間を信用しない人間が制度を作り、
その制度を信用しない人間が監査し、
その監査を信用しない人間がまた監査する。
そして今日も世界は回っている。
人間どんだけ信用ないんだ!!
……いや。
信用できないことを、よくここまで信用できる仕組みにしたものだ。
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