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「竹槍でアメリカ軍の飛行機と戦った」は本当? 調べてみたら微妙に違う戦時中の話【お役立ちコラム】

約6分

今回は全く映像のお役立ちコラムではないですが、個人的に気になったことがありました。

歴史の話には、ときどき強烈なエピソードがあります!
そのひとつが、太平洋戦争末期の日本について語られる、
「アメリカ軍の飛行機に、日本人は竹槍で立ち向かおうとしていた」
という話。
子どもの頃などに一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

空にはB-29。
地上には竹槍を構える日本人。

いくら戦争末期の昭和の時代とはいえ、
「いやいや、さすがに竹槍では飛行機に届かないでしょう……」
と思ってしまいます。

そこで改めて調べてみました。

すると、
完全な作り話ではない。
しかし、よく知られているイメージとはちょっと違う。

という、歴史の面白さが見えてきました。


竹槍訓練は本当にあった

まず大前提として、
戦時中の日本で竹槍を使った訓練が行われていたこと自体は事実です。

しかも一部の都市伝説というレベルではありません。
戦局が悪化すると、学生や女性など一般市民も竹槍を使った訓練を行うようになります。

実際、1945年3月に鹿児島県志布志で撮影された写真には、女性たちが竹槍を持って訓練する様子が残されています。
戦争末期には、日本本土へ連合軍が上陸してくる「本土決戦」が現実的なものとして想定されていました。

軍人だけでは足りない。
ならば一般国民も戦う。
武器が足りない。
ならば竹槍なども使う。

現在の感覚からすると信じられませんが、
本当にそういう状況まで日本は追い込まれていたのです。


でも竹槍で「飛行機」を攻撃するわけではない

ここが有名な話と実際との大きな違いです。

竹槍訓練の主な目的は、
空を飛んでいるB-29を竹槍で突くことではありません。

そもそも届きません!
想定していたのは、アメリカ軍などが日本本土へ上陸してきた場合の地上戦です。

上陸した敵兵に対して、竹槍などを武器として戦う。
つまり、
「飛行機 VS 竹槍」
ではなく、
「近代的な装備を持つ上陸部隊 VS 竹槍まで動員された日本国民」
という話だったのです。

……いや、それでも十分すごい話なのですが。


では、なぜ「竹槍で飛行機と戦う」という話になった?

ここで、ものすごく興味深い事件が登場します。

1944(昭和19)年2月23日。
毎日新聞の朝刊一面に、こんな見出しの記事が掲載されました。

「竹槍では間に合わぬ 飛行機だ、海洋航空機だ」

記者は新名丈夫。
記事が訴えていたことを簡単にいえば、
「敵は航空戦力を持って攻めてきている。精神論だけでは勝てない。必要なのは航空機だ」
ということです。

考えてみれば、極めて現実的な話です。
竹槍では飛行機には勝てない。
だから飛行機を作らなければならない。

ところが――。
この記事が大問題になります。


「竹槍では勝てない」と書いたら大問題になった

この記事に東條英機首相が激怒したとされています。
そして記事を書いた新名丈夫記者は召集されることになります。

これが有名な、「竹槍事件」です。

後年には、批判的な記事を書いた記者を懲罰的に軍へ召集しようとした言論弾圧事件として知られるようになります。

つまり当時、
「竹槍じゃ飛行機には勝てないでしょう」
という、現代人なら当然と思うようなことを書くことさえ政治的問題になり得たわけです。

この出来事と、実際に行われていた竹槍訓練。
この二つが後世の記憶の中で混ざり、
「日本は竹槍でアメリカ軍の飛行機と戦おうとしていた」
という、非常に分かりやすいイメージになっていった面もあるのでしょう。


つまり「竹槍で飛行機」は嘘なの?

整理すると、

竹槍訓練をしていた → 本当。
一般市民まで竹槍を持って本土決戦に備えた → 本当。
竹槍ではなく飛行機が必要だという新聞記事が問題になった → 本当。

しかし、

飛んでいるアメリカ軍機を竹槍で突き落とそうとしていた → そういう話ではない。

ということになります。
「なんだ、やっぱり話が大げさになっていただけか」
……と思いたいところですが、
よく考えると、
近代兵器を装備して上陸してくる軍隊に、一般市民まで竹槍を持って戦う準備をしていた
という実際の話も十分すぎるほど壮絶です。

伝説を訂正したら安心できる話になるかと思いきや、
史実もなかなかだった。
というのが、この話の何ともいえないところです。


歴史の有名エピソードは「全部嘘」でも「全部本当」でもない

こういう話は歴史にたくさんあります。

たとえば以前は、
「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」
と覚えた人も多いでしょう。

現在では「1192年に突然、鎌倉幕府という組織が完成した」という単純な理解ではなく、源頼朝による東国支配の仕組みが段階的に成立していったものとして考えられています。

だから「1192年は間違いだから1185年が正解!」と置き換えれば済む話でもありません。

歴史研究が進むと、そもそも「何年に鎌倉幕府ができたの?」
という質問自体が単純すぎたことが分かってくるわけです。

同じように、
「リュミエール兄弟の列車の映画を見た観客が、本物の列車だと思って逃げ出した」
という映画史の有名なエピソードも、当時の確かな記録で確認できる史実とは言いにくいとされています。

しかし、初めて「動く写真」を見た人々が大きな衝撃を受けたことまで否定する必要はありません。
事実があり、そこに人々の記憶や解釈が加わり、分かりやすい物語になって後世へ伝わる。

歴史には、そんなことがよくあります。


「知っている歴史」をもう一度調べると面白い

学校で習った話。
テレビで聞いた話。
昔から有名な逸話。
長い間聞いていると、いつの間にか「そういうものだった」と思い込んでしまいます。

ところが改めて調べてみると、
「そんなことはなかった」ではなく、
「だいたい合っているけど、実際はもう少し複雑だった」
ということが少なくありません。

竹槍の話もそのひとつです。
日本人が竹槍で空を飛ぶB-29を突こうとしていたわけではありません。
でも、戦争末期に一般市民まで竹槍を持って本土決戦に備えていたことは事実。
そして「竹槍ではなく飛行機が必要だ」と新聞に書くことすら大問題になった時代がありました。
有名な話を「本当か嘘か」の二択で終わらせず、
「では、実際には何があったのだろう?」
と一歩だけ踏み込んでみる。

そうすると、教科書で覚えた年号とは少し違った「人間が生きていた歴史」が見えてくるのかもしれません。


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