
先日、車が鳥のフンまみれになった。
会社の近くにいつも車を停めている場所があるのだが、どうもそこが鳥たちの空路になっているらしい。
洗車しても、しばらくすると落とされる。
また洗車する。
そしてまた落とされる。
人間と鳥との、終わりなき戦いである。
普段なら「またか……」で済むのだが、その日は打ち合わせがあった。
しかも私は、自分の車が鳥のフンまみれだったことをすっかり忘れていた。
出発してから気づいた。
さすがにこの車で先方へ行くのは、ちょっと恥ずかしい。
そこで途中のガソリンスタンドで洗車しようと思ったのだが、こういう日に限って立ち寄ったところにはことごとく洗車設備がない。
困った。
そして信号待ちをしながら、ふと周囲の車を眺めた。
……みんな、車綺麗すぎない?
鳥のフンなんて付いていない。
泥だらけの車もほとんどいない。
映画に出てくる海外の車なんて、バンパーが凹んでいたり、塗装が剥げていたり、「まあ走るからいいだろ」みたいな車が結構出てくる。
ところが日本の道路を走っている車は、驚くほど綺麗だ。
そこで気づいた。
日本では、車も「身だしなみ」のひとつなのかもしれない。
「走ればいい」だけではない日本の車
考えてみれば不思議である。
車の本来の目的は移動することだ。
エンジンが動く。
ブレーキが効く。
目的地まで安全に行ける。
機械として考えれば、それで十分なはずである。
ボンネットに鳥のフンが付いていたところで、走行性能は1ミリも変わらない。
なのにわれわれは気になる。
特に仕事で誰かに会うとなれば、
「この車で行って大丈夫かな……」
となる。
これは服に少し似ている。
高級な服を着ていなくてもいい。
でもシャツに大きなシミが付いていたら、ちょっと気になる。
車も同じなのだろう。
高級車である必要はない。
新車である必要もない。
でも、
「ちゃんと手入れしているように見えること」
には、社会的な意味がある。
日本では車もまた、自分という人間の外側にある「身だしなみ」の一部なのだ。
だからみんな洗う。
傷が付けば気になる。
凹めば直したくなる。
そして日本の道路には、妙にピカピカした車が並ぶことになる。
しかし、本当にそこまで綺麗じゃなきゃダメなのか?
そこで私は思った。
もう、みんな鳥のフンまみれでいいじゃないか。
私だけが恥ずかしいのはおかしい。
日本中の車に鳥のフンが付いていれば、それはもはや汚れではない。
文化である。
「今年はフロント右側に落とされましてね」
「おお、見事な一撃ですな」
そんな会話が交わされる社会になればいい。
そもそも鳥を見てみろ。
彼らは自由だ。
洗車したばかりの車だからといって遠慮しない。
高級車だから避けようとも思わない。
これから商談に行く車かもしれない、などという人間社会の事情にも一切忖度しない。
空を飛び、
好きなところへ行き、
そして落とす。
圧倒的自由。
われわれ人間は、もう少し鳥を見習ってもいいのかもしれない。
「ちゃんとしている」に疲れてはいないか
考えてみれば、われわれは日々いろいろなものを綺麗にしている。
服装を整える。
髪を整える。
部屋を片づける。
車を洗う。
仕事では失礼がないように言葉を選ぶ。
メールを何度も読み返す。
人からどう見えるかを考える。
もちろん、それは悪いことではない。
他人と一緒に生きている以上、身だしなみや礼儀は大切だ。
でも、ときどき私たちは、
「ちゃんとしていなければならない」
という気持ちに縛られすぎているのかもしれない。
少しくらい汚れていてもいい。
少しくらい失敗してもいい。
完璧じゃなくてもいい。
鳥のフンが付いた車で走っている日があってもいい。
他人は、自分が思っているほど自分の車なんて見ていない。
ましてや、
「あの人、今日ボンネットに鳥のフン付いてたな……」
などと一週間も覚えている人はたぶんいない。
だったら、もう少し肩の力を抜いてもいい。
鳥のように、もう少し自由でいい。
ただし、自由には責任がついてくる
……とはいえ。
ここでひとつ重要なことがある。
鳥は自由だ。
しかし人間が同じように、
「自由だから好きにするぜ!」
と言って他人の車のボンネットにフンをしたら、普通に警察沙汰である。
自由とは、
何をしても許されることではない。
自分の選択の結果を、自分で引き受けることだ。
車を洗わない自由もある。
ただし、
「この人、車めちゃくちゃ汚いな」
と思われる可能性も引き受ける。
人と違う生き方をする自由もある。
ただし、その結果として理解されないこともある。
好きなことを言う自由もある。
しかし、その言葉によって誰かとの関係が変わることもある。
自由と責任は、どうやらセット販売らしい。
鳥のように自由に生きることはできる。
ただ、人間は鳥ではない。
われわれは社会という空を飛んでいる。
だから好きな方向へ飛ぶ自由を持ちながら、その飛んだ先に何があるのかも自分で引き受けなければならない。
それでも、もう少し自由でいい
だから私は、すべての車を鳥のフンまみれにしようと本気で主張しているわけではない。
……いや、今日だけはちょっと主張したい。
みんなもっと汚れてくれ。
私だけ目立つ。
だが、鳥のフンが付いた車を見て、
「こんな状態では人前に出られない」
と思った自分を振り返ると、少し面白い。
われわれが「恥ずかしい」と思っているものの中には、本当に恥ずかしいものと、
ただ周囲がそうしているから恥ずかしいと思っているもの
が混ざっている。
みんなの車が綺麗だから、自分の汚れが気になる。
みんながちゃんとしているように見えるから、自分もちゃんとしなければと思う。
でも実際には、みんなそれぞれどこか汚れている。
見えないところが凹んでいたり、
傷が付いていたり、
洗車する暇がなかったりする。
人生だって、たぶん同じだ。
ピカピカに見える人にも傷はある。
綺麗に走っているように見える人だって、昨日まで泥だらけだったかもしれない。
だったら、ときどき鳥のフンが付いているくらいでいい。
洗える日に洗えばいい。
直せる傷は直せばいい。
直らない傷なら、そのまま走ればいい。
そして、
「今日はちょっと汚れているけど、まあいいか」
と言えるくらいの自由を、自分に許してもいいのではないだろうか。
鳥のように自由に。
でも、自分が飛んだ先の責任だけは自分で引き受ける。
そんなことを考えながら、私は今日も鳥のフンが付いた車を走らせる。
そして願う。
せめて次に落とすときは、
ボンネットの真ん中だけはやめてくれ。
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