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「語り手を信じるな」──物語には“信用できない語り手”がいる【お役立ちコラム】

約4分

小説を読んでいると、私たちは無意識のうちにこう思っています。

「語り手が言っていることは、本当のことだ。」

でも、もしその語り手自身が勘違いをしていたら?
あるいは嘘をついていたら?

それでも私たちは、その人の言葉を信じて読み進めてしまいます。
文学には、そんな面白い概念があります。

その名も、
「信用できない語り手(Unreliable Narrator)」
です。


語り手は、神様ではない

現実の世界でも、人は同じ出来事を見ても違うことを言います。

Aさんは
「彼は怒っていた。」
と言い、
Bさんは
「いや、悲しそうだった。」
と言う。

どちらかが嘘をついているとは限りません。

見え方が違うだけ。

物語でも同じです。

一人称で語られる作品では、
読者は主人公の目を通して世界を見ることになります。

つまり、
見ている世界そのものが、その人の解釈なのです。


『こころ』の先生は、本当に正しく見ていたのか?

夏目漱石の『こころ』は、この考え方を知ると一気に面白くなります。

先生は、
「Kとお嬢さんは仲が良さそうだった。」
と思い込みます。

でも、本当にそうだったのでしょうか?

お嬢さん本人は一度も、
「私はKが好きでした。」
とも、
「先生が好きでした。」
とも語りません。

つまり私たちが知っているお嬢さんは、
「先生の目に映ったお嬢さん」
でしかないのです。

先生は恋をしていました。
嫉妬もしていました。
焦ってもいました。

そんな状態で見た世界が、本当に客観的だったと言えるでしょうか。


人は、自分の物語を作って生きている

実はこれは文学だけの話ではありません。

私たち自身も、
毎日「信用できない語り手」なのです。

「あの人は私を嫌っている。」
「きっと怒っている。」
「自分のせいだ。」

そう思っていても、
実際に本人へ聞くと、
「え?そんなこと全然思ってないよ。」
ということは珍しくありません。

つまり、
私たちは事実ではなく、
自分が解釈した物語
の中で生きています。


世界には、事実と解釈がある

だからこそ、「信用できない語り手」という概念は奥が深いのです。

それは、
「主人公が嘘つき」
という話ではありません。

人間は誰でも、
見たいものを見て、
信じたいものを信じ、
その世界を本当だと思って生きている。

そのことを文学は教えてくれます。


だから名作は何度読んでも面白い

若い頃に読んだときは、
「先生が正しい。」
と思っていた人が、
大人になって読み返すと、
「先生、思い込み激しくない?」
となる。

さらに読み返すと、
「いや、Kも相当不器用だな。」

さらに読むと、
「お嬢さんは何を考えていたんだろう。」
と、見る場所が変わっていきます。

作品は変わっていません。

変わったのは、
読者という“語り手”
なのです。


物語は、読むたびに新しい

私はこの概念を知ったとき、
「だから名作は何十年も読み継がれるのか。」
と妙に納得しました。

物語は変わらない。

でも、それを読む自分が変わる。
だから昨日とは違う物語になる。

もしかすると、本当に「信用できない語り手」は、小説の中の主人公ではなく、
人生という物語を語っている私たち自身なのかもしれません。


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