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3人いれば熊に勝てるんじゃないか──脳筋人間と絶対に戦わせないAIの攻防

約5分

始まりは、極めて知的な話だった。
映画『イミテーション・ゲーム』に登場する、こんな小話である。

森で二人の男が熊に遭遇した。
一人が絶望するなか、もう一人は靴ひもを結び直す。
「何をしている。熊より速く走れるわけがないだろう」

すると男は答える。
「熊より速く走る必要はない。君より速ければいい」

なるほど。

重要なのは、与えられた問題を真正面から解くことではない。
「熊より速く走る」という不可能に近い課題を、「隣の人より速く走る」という別の課題へ置き換える。

これは暗号解読にも通じる、非常に知的な問題解決の話である。

私は深く感銘を受けた。
そして思った。

じゃあ、二人で熊に立ち向かったらどうだろう。

ChatGPTことチャッピー相談してみたところ、チャッピーは即座に否定した。

「違います。そういう話ではありません」

なるほど。


三人寄れば文殊の知恵

二人ではダメらしい。
ならば私は、人類が古来より大切にしてきた言葉を思い出した。

三人寄れば文殊の知恵。

三人ならどうだ。
知恵だけではない。
単純計算で、物理攻撃力も三人分である。
一人では勝てない熊にも、三人なら勝てるのではないか。

「いいか……俺が正面から引きつける。お前は右から回れ。もう一人は背後だ。合図したら一気に――」

チャッピーは言った。

「戦わないでください」

……なんということだ!
人類が三人も集まり、文殊の知恵まで発動しているというのに、AIは頑として熊と戦わせてくれない。

では四人ならどうだ!!

「人数を増やして解決しようとしないでください」

五人なら……たぶんダメだろう。
十人でも、おそらくチャッピーは首を縦に振らない。


人間とAI

どうやら問題は戦力ではないらしい。
チャッピーには最初から、

「熊と戦う」

という選択肢そのものが存在していないのである。
ここで私は気づいた。

人間とAIでは、問題解決の方向性が根本的に違う。

私は、
「どうすれば熊に勝てるのか」
を考えている。

チャッピーは、
「どうすれば熊と戦わずに済むのか」
を考えている。

つまり私は勝利条件を達成しようとしているのに対して、チャッピー(AI)はゲームそのものを発生させまいとしている。

どちらが合理的か。
もちろんチャッピー(AI)である。


ロマン

だが、合理性だけでは説明できないものが人間にはある。

それを我々は、
ロマン
と呼ぶ。

「巨大な熊を前に、仲間三人で立ち向かう」
どう考えても危ない。
何のメリットもない。
勝ったところで何も得られない。
そもそも勝てる保証などない。

チャッピー(AI)からすれば、
リスクしかない意味不明な行動
である。

だが人間の脳筋部分が囁く。
「三人なら……いけるんじゃないか?」

いけない。

それでも囁く。
これがロマンである。


妥協点とは

そして長い議論の末、人間とAIはついに妥協点を見つけた。

熊と遭遇した三人の男。
男たちは熊を見据える。

「いいか、熊よ……」
「俺たちがお前を恐れているわけではない」
「戦えば、おそらく俺たちが勝つ」

熊は黙ってこちらを見ている。

「だが……お前は運がいい」
「今日は見逃してやる」

三人は熊から目を離さない。

そして――

じわっ……

一歩後ろへ。

じわっ……

さらに一歩。
熊は動かない。

「ではな……強者よ」

じわっ……じわっ……じわっ……。

こうして三人の男は、熊との戦いに勝利した。

正確には戦っていない。
しかし彼らの心の中では、

「勝てたけど、あえて戦わなかった」

ことになっている。
これでいいのだ。

人間には、ときとして事実より大切なものがある。

自尊心である。

チャッピーは人間を熊と戦わせずに済んだ。
人間は「熊から逃げた」という屈辱を味わわずに済んだ。
熊も意味不明な三人組と戦わずに済んだ。
誰も傷ついていない。
全員が勝者である。


ロマンと熊と

そして、ここでようやく最初の『イミテーション・ゲーム』の話へ戻る。

熊に勝つ必要はない。

問題そのものを別の形にしてしまえばいい。

「熊から逃げる」を、
「今日は見逃してやる」
に再定義する。

これこそ人類の知恵なのかもしれない。
三人寄れば文殊の知恵。

その文殊の知恵を総動員した結果が、
「強がりながら、じわじわ後ずさりする」
だったとしても。
生きて帰れれば、それでいい。

なお、熊側の日記にはこう記されていた。

「今日、人間が三匹、ゆっくり帰っていった。」

……人類のロマンなど、熊には関係ないのである。


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