
今日は、かなり暴論です。
映像を仕事にしている人から怒られるかもしれません。
でも、あえて言います。
「このカメラ、上手いですね。」
そう言われた時点で、その映像は少しだけ負けているのではないか。
そんなことを最近考えるようになりました。
カメラが主役になっていませんか?
SNSを見ていると、
ジンバルで動き回るカメラ。
開放F値で背景がとろける映像。
ティール&オレンジのカラーグレーディング。
ドローンが空高く舞い上がる映像。
もちろん、どれも素晴らしい技術です。
私はそういう技術を否定したいわけではありません。
むしろ映像の仕事をする以上、技術は徹底的に磨くべきだと思っています。
しかし、ときどき思うのです。
「その映像、本当に見てほしいのはなんですか?」
ハリウッドが目指した「見えない演出」
映画の世界には、**Invisible Style(見えない演出)**という考え方があります。
優れた編集は、編集を感じさせない。
優れた照明は、照明を感じさせない。
優れた撮影は、撮影を感じさせない。
観客はカメラワークを鑑賞するために映画館へ行くのではありません。
物語を体験するために行くのです。
だから本当に優れた撮影とは、
「カメラが上手い。」
ではなく、
「主人公の気持ちが伝わってきた。」
と思わせる撮影なのです。
技術は、見せるためではない
ここで誤解してほしくありません。
私は技術を軽視しているわけではありません。
むしろ逆です。
技術は必要です。
レンズも。
照明も。
カラーグレーディングも。
ジンバルも。
全部必要です。
しかし、それらは目的ではありません。
作品を語るための言葉です。
料理人が包丁さばきを見せるためではなく、美味しい料理を届けるために包丁を使うように。
映像もまた、技術を見せるためではなく、作品を届けるために技術を使うのです。
このカメラ、上手いですね。
もし映像を見終わった人が、
「カメラ上手いですね。」
と言ったとします。
もちろん褒め言葉です。
嬉しい言葉です。
でも私は少しだけ悔しくなります。
なぜなら、その人の記憶に残ったのは、
作品ではなく、
カメラだったからです。
本当に残ってほしいのは、
感動だった。
笑顔だった。
涙だった。
空気だった。
あの日、その場所にいたという記憶だった。
カメラは、そのための道具でしかありません。
記録映像こそ、究極の「見えない撮影」
私は発表会や演劇、学校行事など、いわゆる記録映像を数多く撮影しています。
保護者の方に言われて嬉しい言葉は、
「パンニングが滑らかでした。」
ではありません。
「娘のあの表情を残してくれてありがとうございました。」
です。
その一言のために、
ピントを合わせ、
露出を調整し、
構図を考え、
音を録り、
編集をしています。
技術は全部、その一言のためにあります。
二流ほど、技を見せたがる。
これも暴論です。
でも言わせてください。
二流ほど、技を見せたがる。
本当に一流の人は、
技を隠します。
なぜなら、
見せたいのは技ではなく、
作品だからです。
もちろん例外はあります。
ミュージックビデオやアクション映画では、派手なカメラワークそのものが演出になることもあります。
しかし、それも作品が求めるからこそ使われる技術です。
「こんな撮影ができます。」
ではありません。
「この作品には、この撮影が必要だった。」
だから選ばれたのです。
映像道
最近、私は「映像道」という言葉を考えています。
技術だけを学ぶのではなく、
光を学び、
歴史を学び、
芸術を学び、
人間を学び、
映像とは何かを考え続ける道です。
映像道には、こんな教えを加えたいと思います。
技を磨け。
技に囚われるな。
技は作品のために使え。
そして、もう一つ。
カメラを見せるな。
作品を見せよ。
それが、本当のシネマトグラフィーなのではないかと、私は思っています。
ビデオ工房名古屋では各種イベントの撮影を承っております。
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