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音はズレる!──映像屋を悩ませる「音速」というどうしようもない問題【お役立ちコラム】

約6分

「映像と音が、1〜2フレームずれている気がします」

映像屋をやっていると、たまにこんな修正依頼が来る。
今回はダンスイベントの案件だ。

1フレーム。
30fpsなら、およそ0.033秒。

そんな細かいところまで……と思いつつ、
「承知しました。修正いたします」
と答える。

仕事なのである。
だが今なら、声を大にして言いたい。

そもそも音はズレるんです!!

しかも場合によっては、
踊っている本人だって、ズレた音を聞いて踊っているんです!!

……言い訳ではない。

物理である。


音は意外と遅い

光はとんでもなく速い。
だから舞台上で誰かが手を叩けば、客席からもほぼその瞬間に「手が合わさった」ように見える。

ところが音は違う。
空気中の音速は、およそ秒速343m。

ということは、

  • 10m離れれば約29ms
  • 20m離れれば約58ms
  • 30m離れれば約87ms

遅れて届く。

これを約30fpsの映像に置き換えると、10mでほぼ1フレーム、20mなら2フレーム近い。
あれ?
「1〜2フレームずれてます」って、まさにそのくらいじゃないか。


ライン音声は待ってくれない

イベント撮影では、音響卓からライン音声をもらうことがある。
これはとてもありがたい。

会場の反響音や周囲の雑音が少なく、きれいな音を収録できる。
ところが、ここに妙な問題が生まれる。

音響卓からカメラへ送られる電気信号は、空気中を進む音に比べれば事実上ほとんど待たされない。

一方、ステージ上のダンサーが聞いている音は、スピーカーから空気中を飛んできた音だ。

つまり、
収録しているライン音声と、ダンサーが実際に聞いている音は、そもそも同じ時刻ではない可能性がある。

ダンサーがスピーカーから20m離れていれば、単純計算では約58ms遅れた音を聞くことになる。

もちろん実際の会場では演者用モニターがあったり、スピーカー配置が工夫されていたりするので、必ず20m分遅れるという単純な話ではない。

それでも重要なのは、
「会場のすべての人が、まったく同じ瞬間の音を聞いているわけではない」
ということだ。


「音を聞いて踊る」時点ですでに時間がある

さらにややこしい。
人間は音を聞いた瞬間に、瞬間移動のように身体を動かせるわけではない。

音が耳に届き、脳が認識し、運動を制御し、筋肉が動く。
当然そこにも時間がある。

それでも上手なダンサーが音楽とピタッと合って見えるのは、単純に音を聞いてから反応しているわけではないからだ。

リズムを感じ、曲を知り、
「次の拍はここに来る」
と予測しながら身体を動かしている。

人間ってすごい。

しかし編集室に戻った映像屋は、そんなことを知らずに波形を見る。

「音声データはここ。映像はここ。よし、同期は合っている」
そして納品する。

すると、
「1フレームくらいズレている気がします」
と言われる。

映像屋は思う。

合ってるよ!!

でも、もしかすると相手も正しい。


「正しい同期」と「正しく見える同期」は違う

ここが映像の面白くて、悩ましいところだと思う。

機材として正確に同期していることと、人間が見て「合っている」と感じることは、必ずしも同じではない。

ライン音声は正しい。
カメラの映像も正しい。
タイムライン上の配置も正しい。

それでも、
人間にはズレて見えることがある。
なぜなら映像に映っている人間自身が、別の時間軸の音を聞いていた可能性があるからだ。

だからダンス映像などでは、ときとして1〜2フレーム音を動かしたほうが、振付と音楽が気持ちよく一致して見えることがある。

それは「同期を間違えた」のではない。

むしろ、
物理的な同期を、人間の知覚に合わせて再構築している
とも言える。


巨大会場では、音響屋もわざと音を遅らせる

さらに面白いことに、大きな会場では音響の世界でも同じ問題と戦っている。

遠くの客席まで音を届けるために後方にもスピーカーを設置すると、そのスピーカーから即座に音を出したのでは、前方から空気中を進んできた音との時間差が生まれてしまう。

そこで後方のスピーカーをあえて遅らせることがある。

音が遅れる問題を、
音をさらに遅らせることで解決する。
なんという世界だ。

ライブ配信でも似たようなことをする。
音声が遅れているなら映像を遅らせる。映像が遅れているなら音声側にディレイを入れる。

結局われわれは、
「どちらが本当の時間なのか」ではなく、「どの時間に合わせれば自然に感じるのか」
を調整している。


音はズレる。それでも映像屋は合わせる

雷が光ってから、しばらくして音が聞こえる。

誰もそれを見て、
「雷さん、音ズレしてますよ」
とは言わない。

光と音では速度が違う。
そんなことは誰でも知っている。

ところがイベント映像になると、
「1フレームずれてます」
と言われる。

映像屋は今日もタイムラインを開き、33msの世界と戦う。

音響卓から来た音。
スピーカーから飛んだ音。
ダンサーが聞いた音。
観客が聞いた音。
カメラが記録した音。
そして完成した映像を視聴者が聞く音。

実は全部、少しずつ違う時間を生きている。

だから映像屋がやっているのは、「絶対的に正しい時間」を探すことではないのかもしれない。

いくつもの時間の中から、
人間がいちばん「合っている」と感じる時間を作ること。
それが映像編集なのだ。

……というわけで、
「1〜2フレームずれているので直してください」
と言われた全国の映像屋さん。

こう言いたくなる気持ちは、よく分かる。

踊ってる人だって、ズレた音を聞いてるんだもん!!

もちろん口には出さない。
「承知しました。修正いたします」

仕事なのである。(笑)


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