
歌はいつ生まれたのだろう。
踊りは、誰が最初に踊ったのだろう。
そんな問いに、誰も確かな答えを持ってはいない。
文字が生まれるはるか昔のことだからだ。
だからこそ、この問いにはいくつもの説がある。
音で遊んでいるうちに歌になったという説。
作業の掛け声が発展したという説。
言葉になる前のコミュニケーションだったという説。
どれも十分にあり得る話だ。
しかし、その中でも私が好きなのは、「歌や踊りの始まりは祈りだった」という考え方である。
もちろん、これは証明された事実ではない。
それでも、不思議なくらい人の心にしっくりくる。
例えば、雨が何日も降らない時代。
科学も天気予報もない。
人は空を見上げ、雨を願うしかなかった。
その願いを言葉だけでは伝えきれず、太鼓を叩き、声を合わせ、身体を動かした。
豊作を願う。
無事を願う。
病気が治ることを願う。
亡くなった人の安らぎを願う。
そこには、音楽を「楽しむ」というより、「届けたい」という思いがあったのではないだろうか。
音は願いを運び、踊りは心を表す。
もしそうだとしたら、歌や踊りは娯楽としてではなく、人間の切実な願いから生まれたことになる。
世界を見渡すと、この考えを思わせる文化は今も数多く残っている。
雨乞いの踊り。
神楽。
田植え歌。
祭りのお囃子。
どれも「見せる」ことより、「祈る」ことが先にある。
そして、日本の文化を見ても、「道」と呼ばれるものの多くは、どこか祈りに似ている。
茶道。
香道。
書道。
武道。
技術を競うだけではなく、心を整え、自分と向き合い、相手を敬う。
その姿勢は、何かを願いながら歌い、踊った人々とどこか重なって見える。
現代では、歌も踊りもエンターテインメントになった。
ライブで盛り上がり、ダンスで自己表現をする。
それも素晴らしい文化だ。
しかし、その奥深くには、今も昔と変わらないものが残っている気がする。
卒業式で校歌を歌う。
結婚式で祝福の拍手を送る。
スポーツの応援歌をみんなで歌う。
震災の復興を願って歌う。
誰かの幸せを願って踊る。
そこには、「誰かと心を一つにしたい」という、人間の根源的な願いが息づいている。
歌や踊りの始まりが、本当に祈りだったのか。
それは誰にも分からない。
けれど、この説には、人間という存在を少しだけ優しく見せてくれる力がある。
もし芸術の始まりが祈りだったのなら、人類が最初に生み出した芸術は、自分のためではなかった。
誰かの幸せを願い。
未来を願い。
世界が少しでも良くなることを願って。
人は歌い、踊り始めたのかもしれない。
そう思うと、何千年も受け継がれてきた一曲一曲、一歩一歩が、少しだけ愛おしく感じられるのである。
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