
「見て覚えろ。」
昔の職人の世界では、ごく当たり前だった言葉です。
何年も親方の背中を見て、失敗を繰り返しながら技術を身につける。
それで仕事は回っていました。
でも、ふと思うことがあります。
もしその技術が、もっと早く、もっと多くの人へ伝えられたらどうなるのでしょう。
その鍵になるのが、再現性です。
科学が信頼される理由
科学が信頼されるのは、「偉い先生が言ったから」ではありません。
誰がやっても同じ結果になるからです。
水は一定の条件では100℃で沸騰する。
リンゴを落とせば地面へ向かう。
同じ条件なら、同じ結果になる。
だから科学は人から人へ受け継がれ、何百年も積み重なってきました。
それが「再現性」です。
職人の世界にもある「なんとなく」
映像編集でも、料理でも、大工でも。
長年経験を積んだ人ほど、
「なんとなく分かる。」
と言います。
「ここは2フレーム早く切った方が気持ちいい。」
「この木は反る。」
「塩はもう少し。」
その感覚は本物です。
しかし、そのままでは本人しか使えません。
後輩も。
会社も。
AIも。
その技術を受け継ぐことができません。
技術継承に時間がかかる理由
「見て覚えろ。」
という教え方が悪いわけではありません。
見ることも、経験することも大切です。
しかし、それだけでは
十年かかった経験を、
次の人もまた十年かけて学ぶことになります。
もし、
「なぜここでカットを切るのか。」
「なぜこの順番で作業するのか。」
その理由まで言葉にできれば、
技術はもっと速く、もっと正確に受け継がれます。
つまり、
言葉は技術継承のコストを下げる道具なのです。
AI時代が変えたもの
AIは、
「なんとなくいい感じで。」
という指示が苦手です。
膨大な情報から「なんとなくいい感じ」を近年は出力できるようになってきているそうですが、
それでも明確な情報があれば、膨大な情報を処理する必要はありません。
「人物の感情が切り替わる瞬間にカットを切る。」
「BGMより少し早く画面を切り替える。」
と具体的に伝えれば、その意図を理解しようとします。
AI時代になって価値が上がったのは、プログラミングだけではありません。
経験を言葉にする力です。
感覚は出発点である
ここで誤解してはいけないことがあります。
感覚は悪いものではありません。
むしろ、一流の仕事は感覚から始まります。
違いは、その先です。
感覚だけで終わる人。
感覚を分析し、言葉に変える人。
この二人は似ているようで、大きく違います。
言葉になった瞬間、その技術は個人のものではなく、誰かへ渡せる知識になります。
専門家とは何か
以前、こんな言葉に出会いました。
「専門家とは、自分の専門の外にある知識の重要性を知っている人である。」
私は、この言葉がとても好きです。
そして、AI時代になった今、もう一つ加えたい言葉があります。
「専門家とは、自分の暗黙知を、再現できる言葉へ変えられる人である。」
経験は財産です。
しかし、その経験を「なんとなく」のままにしてしまえば、未来へ残りません。
再現できる形にして初めて、それは文化になります。
技術になります。
知識になります。
おわりに
「見て覚えろ。」
その言葉には、経験の重みがあります。
しかし、
「なぜそうするのか。」
を語れる人が増えれば、技術はもっと速く、もっと遠くまで受け継がれていきます。
だから私は思います。
職人とは、技術を持つ人。
そして専門家とは、
その技術を再現できる形で未来へ渡せる人。
再現性とは、単なる効率ではありません。
それは、人から人へ、そして次の時代へ知恵を受け継ぐための「橋」なのです。
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